セーラー服は、日本では女子学生の制服として広く知られています。
しかし、もともとは学生服として生まれたものではなく、海軍の制服をルーツに持つ服装です。
では、セーラー服はいつから着られるようになったのでしょうか。
この記事では、セーラー服の起源、ヨーロッパで広まった背景、日本で女子学生服として定着した時期まで、流れに沿ってわかりやすく解説します。
セーラー服の起源は19世紀のイギリス
セーラー服のルーツは、19世紀のイギリスにあります。
もともとは海軍の水兵服に由来するデザインで、現在よく知られている大きな襟や前開きの形も、こうした海軍文化の影響を受けて生まれました。
特に広く知られているのが、1846年にイギリスのヴィクトリア女王が、皇太子アルバート・エドワードにセーラー風の子ども服を着せた出来事です。
この服装が注目を集めたことで、セーラースタイルは上流階級を中心に広まり、やがて一般の子ども服としても人気を集めるようになりました。
つまり、セーラー服は最初から学校制服として誕生したのではなく、海軍由来の服が子ども服として流行したことが出発点だったのです。
セーラー服は海軍制服として制度化された
セーラー服のデザインが社会に広まる一方で、海軍の制服としても整えられていきました。
19世紀半ばのイギリスでは、水兵の服装が統一され、セーラー服は「船乗りの服」として強いイメージを持つようになります。
この流れによって、セーラー服は単なる流行の服ではなく、規律や機能性を備えた服装としても認識されるようになりました。
その後、ヨーロッパ各地で子ども服や女性向けファッションにも取り入れられ、セーラー風デザインは広く浸透していきます。
日本で最初にセーラー服が取り入れられたのは海軍だった
日本でセーラー服が早い時期に取り入れられた例として知られているのは、明治初期の海軍です。
つまり、日本で最初に広く知られたセーラー服は、女子学生の制服ではなく、海軍の水兵服でした。
この時点では、まだセーラー服が女性や学生の服として一般化していたわけではありません。
当時の女子生徒の通学服は、基本的に着物や袴が中心で、洋装はまだ一般的ではありませんでした。
そのため、日本でセーラー服が女子学生と結びつくようになるのは、もう少し後の時代になります。
日本の女子学生服はもともと着物と袴が中心だった
現在では女子学生服というとセーラー服を思い浮かべる人も多いですが、明治から大正の初め頃まではそうではありませんでした。
当時の女学生の服装といえば、着物に袴という和装スタイルが一般的だったのです。
ただし、時代が進むにつれて、学校生活の中で動きやすさや実用性が重視されるようになります。
さらに、西洋文化の影響を受けて教育の場でも洋装化が進み、女子生徒の服装にも変化が見られるようになりました。
こうした流れの中で、機能的で活動しやすいセーラー服が、学校制服として注目されるようになっていきます。
女子学生服としてのセーラー服は1920年前後から広まった
日本で女子学生が学校制服としてセーラー服を着るようになったのは、1920年前後と考えられています。
この時期に、いくつかの学校が洋装の制服を導入し、その中でセーラー服が採用されるようになりました。
とくに1920年の平安女学院、1921年の福岡女学院は、日本のセーラー服の歴史を語るうえでよく取り上げられる存在です。
こうした学校の採用をきっかけに、セーラー服は女子学生の制服として少しずつ広がっていきました。
ここで大切なのは、「どの学校が最初だったのか」については資料によって表現に違いがあるという点です。
そのため、一校だけを断定的に「唯一の最初」と書くよりも、1920年前後に複数の先行事例があり、その中で平安女学院や福岡女学院が重要な役割を果たしたと説明するほうが、より正確です。
平安女学院と福岡女学院はなぜよく名前が挙がるのか
セーラー服の歴史を調べると、平安女学院と福岡女学院の名前がよく出てきます。
これは、それぞれが違う意味で重要な位置を占めているためです。
平安女学院は、1920年にセーラー服を取り入れた早い事例として知られています。
一方、福岡女学院は1921年に採用した制服が、その後の日本の典型的なセーラー服のイメージ形成に大きな影響を与えたとされています。
つまり、セーラー服の歴史では、「早く導入した学校」と「その後の普及や定番化に影響を与えた学校」を分けて考えることが大切です。
なぜセーラー服は全国に広まったのか
セーラー服が全国に広がった背景には、いくつかの理由があります。
大きいのは、動きやすく、学校生活に向いていたことです。
和装や袴に比べると、セーラー服は活動しやすく、日常の通学や学校での生活にも適していました。
また、大正から昭和初期にかけては、社会全体で洋装化が進んでいたため、学校制服にも西洋的なデザインが取り入れられやすい時代でした。
さらに、1923年の関東大震災以降は、実用性や活動性がより重視されるようになり、機能的な洋装制服への関心が高まったとされています。
こうした社会の変化も、セーラー服の普及を後押しした要因のひとつです。
セーラー服は「かわいい制服」ではなく近代化の象徴でもあった
セーラー服は、現在では「かわいい」「清楚」といったイメージで語られることも多い制服です。
しかし、歴史的に見ると、それだけではありません。
セーラー服が女子学生の制服として広まった背景には、女性教育の拡大や学校生活の実用性重視、洋装化といった時代の流れがありました。
つまり、セーラー服は単なるファッションではなく、近代日本における女子教育の変化を象徴する服装でもあったのです。
そのため、セーラー服の歴史を知ることは、制服の変化だけでなく、日本の教育や社会の移り変わりを知ることにもつながります。
セーラー服はいつから着られるようになったのか
ここまでの流れを踏まえると、セーラー服が「いつから着られるようになったのか」は、何を基準にするかで答えが変わります。
- セーラー服そのものの起源でいえば、19世紀半ばのイギリス
- 日本で海軍の服として取り入れられた時期でいえば、明治初期
- 日本で女子学生の制服として着られるようになった時期でいえば、1920年前後
このように整理すると、歴史の流れがわかりやすくなります。
特に、日本の女子学生服としてのセーラー服は、1920年前後から本格的に広まり、やがて全国の学校で定番の制服として定着していきました。
まとめ
セーラー服は、もともと19世紀のイギリス海軍に由来する服装でした。
それが子ども服として流行し、日本ではまず海軍の水兵服として取り入れられ、その後1920年前後から女子学生の制服として広がっていきます。
現在では日本の学生文化を象徴する存在のひとつとなっていますが、その背景には、洋装化、機能性、女子教育の発展といった時代の変化がありました。
セーラー服の歴史は、単なる制服の話ではなく、社会や教育の変化を映し出す歴史でもあるのです。
以上、セーラー服はいつから着られるようになったのかについてでした。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。









