「タキシード」という言葉は、夜の正装を指す一般的な名称として広く知られていますが、その語源をたどると、特定の地名・イギリスの礼装文化・アメリカ上流社会の社交習慣が重なり合った、非常に興味深い背景が見えてきます。
本記事では、現在もっとも妥当とされている説を中心に、異説にも配慮しながら、タキシードの語源と成立過程を解説します。
「タキシード」という名称の由来
「タキシード(tuxedo)」という言葉の直接的な語源は、アメリカ・ニューヨーク州にある高級住宅地Tuxedo Parkに由来すると考えられています。
19世紀後半、この地域はアメリカ有数の富裕層が集う会員制コミュニティとして知られ、舞踏会や晩餐会といった社交行事が頻繁に行われていました。
そこで着用されていた、従来の燕尾服よりも簡略化された夜会用の上着が、
- 「Tuxedo」
- 「Tuxedo jacket」
と呼ばれるようになり、この名称が次第に一般化していったとされています。
重要なのは、服装そのものよりも先に「呼び名」が地名から生まれたという点です。
服装の原型はイギリスにある
一方で、タキシードという服装のスタイルそのものは、アメリカで誕生したわけではありません。
その原型は、19世紀半ばのイギリス上流階級の晩餐文化にさかのぼります。
当時、夜の正装といえば燕尾服(テールコート)が正式な装いとされていました。
しかし、より私的で非公式な晩餐の場では、
- 裾の長い燕尾服は動きにくい
- 食事に適した、簡略な上着が欲しい
という意識が次第に強まり、裾を切った短丈の晩餐用上着が用いられるようになります。
この流れの中でしばしば言及されるのが、当時の皇太子、後のEdward VIIと、ロンドンの仕立屋による関係です。
1860年代、皇太子のために「非公式な晩餐用の短い上着」が仕立てられたという伝承があり、これが後のディナージャケットの源流の一つと考えられています。
ただし、これは仕立屋のヘリテージに基づく伝承であり、個人の発明として断定できる一次史料が存在するわけではありません。
アメリカで名称が定着した経緯
イギリスで成立したディナージャケットは、やがてアメリカの上流社会に伝わります。
その際、社交の中心地であった Tuxedo Park で着用されたことから、
- 地名をそのまま服装名として呼ぶ
- 「Tuxedo」という略称が定着する
という流れが生まれました。
なお、「誰が最初に着用したのか」「どの舞踏会が起点だったのか」については、複数の説が存在しており、現在では特定の人物に断定するのは慎重であるべきとされています。
確実に言えるのは、19世紀末までにアメリカ社会で「Tuxedo=夜の略式正装」という理解が広く共有されるようになったという点です。
ディナージャケットとタキシードの関係
英語圏では、同じ系統の服装であっても、地域によって呼び方が異なります。
- イギリス:dinner jacket / dinner suit
- アメリカ:tuxedo
- ドレスコード上の呼称:black tie
基本的には、同一の系譜に属する夜会服を指しています。
ただし現代では、
- 白や色物の上着を「ディナージャケット」
- 黒一式を「タキシード」
といったように、文脈や業界慣習による使い分けがなされることもあります。
そのため、「完全に同義」と言い切るよりも、
本質的には同じ系統だが、呼称と用法には地域差・時代差がある
と理解するのが、より正確です。
日本における「タキシード」の意味
日本では、明治期以降に西洋礼装が体系的に導入される中で、
- 燕尾服:夜の正礼装
- タキシード:夜の準礼装
という位置づけが整理されました。
現在では、結婚式やパーティー、舞台衣装など、本来のブラックタイ規範より広い意味で「タキシード」という言葉が使われることも多くなっていますが、語源的にはあくまで、
ディナージャケット系統の夜会服を指す名称
である点は変わりません。
まとめ:タキシードという言葉の本質
- 名称の語源:アメリカ・ニューヨーク州の Tuxedo Park
- 服装の源流:19世紀イギリスの晩餐用略式礼装
- 名称の定着:アメリカ上流社会の社交文化
- 現在の意味:black tie を構成する夜の準礼装
タキシードという言葉は、英国の礼装文化、アメリカの社交史、そして地名由来の呼称が結びついて生まれたものです。
単なるファッション用語ではなく、近代紳士文化の変遷を映し出す歴史的な言葉だと言えるでしょう。
以上、タキシードの語源についてでした。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
