学ランの学生帽はいつごろから無くなっていったのか

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学ランといえば、詰襟の制服を思い浮かべる人が多いですが、少し昔まではそこに学生帽も組み合わさるのが一般的でした。

しかし現在では、学ラン姿は見かけても、学生帽まで着用している中高生はほとんど見ません。

では、学ランの学生帽はいつごろからなくなっていったのでしょうか。

結論からいうと、学生帽は1960年代後半から弱まり始め、1970年代に大きく減少し、1980年代には日常的な着用がかなり少なくなったと考えられます。

ただし、これは全国一律の話ではなく、学校や地域によって差がありました。

目次

学生帽はもともと学ランとセットだった

学生帽は、明治時代以降の男子学生文化のなかで広く定着しました。

詰襟の学生服と帽子は、近代的な男子学生の象徴のような存在で、長いあいだ「学生らしい身なり」の代表とされてきました。

戦前から戦後しばらくにかけては、学ランと学生帽を組み合わせた姿がごく普通で、帽子も制服の一部として扱われていました。

そのため、昔の写真や学校史を見ると、男子生徒がそろって帽子をかぶっている光景がよく見られます。

戦後もしばらくは学生帽が一般的だった

戦後すぐに学生帽が消えたわけではありません。

むしろ戦後しばらくは、学生帽は引き続き広く着用されていました。

中学や高校だけでなく、時代によっては大学でも制服や制帽が残っていた例があります。

ただし、大学は戦後の新制大学化の流れの中で、そもそも制服を設けない学校も増えていきました。

そのため、大学では中学・高校より先に、学生帽の存在感が薄れていったとみられます。

学生帽が減り始めたのは1960年代後半から

学生帽が目に見えて減り始めた転換期は、1960年代後半と考えられます。

この時期になると、社会全体で帽子を日常的にかぶる習慣が次第に弱まっていきました。

それに合わせて、学校でも「帽子は本当に必要なのか」が見直されるようになります。

実際に、1960年代後半には男子生徒の着帽を自由化した学校の事例も確認されています。

つまり、学生帽は急に全国から消えたのではなく、まずは校則上の義務が緩和される形で少しずつ存在感を失っていったのです。

1970年代に学生帽は大きく減少した

学生帽の衰退がはっきり進んだのは、1970年代です。

この時代には、制服や頭髪、持ち物に関する校則を見直す動きが広がりました。

そのなかで、学生帽も「必ず着用するもの」から外されていきます。

特に大きかったのは、次のような流れです。

社会全体で帽子離れが進んだ

大人も若者も、以前ほど日常的に帽子をかぶらなくなりました。

学生だけが帽子をかぶり続ける必然性が薄れたことは、学生帽衰退の大きな背景のひとつです。

学校で着帽自由化が進んだ

1960〜70年代には、制服や制帽の自由化が進んだ学校が増えました。

学ランは残っても、帽子だけ義務ではなくなるケースが出てきたため、学生帽は急速に見られなくなっていきます。

管理や統制の象徴として見直された

当時は、制服や制帽が「学校による管理」や「旧来の価値観」と結びつけて受け取られることもありました。

そのため、学生帽も単なる実用品というより、時代に合わないものとして見直される面がありました。

1980年代には日常的な着用がかなり少数派に

1970年代を経て、1980年代になると学生帽はかなり少数派になっていたと考えられます。

ただし、ここで注意したいのは、「1980年までに完全に消えた」という意味ではないことです。

伝統校や地域によっては、その後もしばらく学生帽が残った例があります。

また、普段は着用しなくても、式典や特別な場面だけで残るケースもありました。

そのため、より正確にいえば、1980年代には「全国的には日常着としてかなり珍しくなったが、一部の学校では残っていた」という表現が適切です。

なぜ学ランは残っても学生帽だけ先に消えたのか

ここはとても重要なポイントです。

学生帽は学ランとセットの印象が強いのに、なぜ帽子だけ先に消えたのでしょうか。

理由のひとつは、学ランは制服の本体であり、学生帽は付属的な要素だったことです。

学ランは学校の制服そのものであるため、統一感や管理の面からも残しやすい存在でした。

一方、帽子はなくても制服として成立します。

そのため、校則を見直すときには、まず帽子から自由化しやすかったのです。

つまり、学生帽は制服のなかでも最初に見直されやすい部分だったといえます。

学生帽がなくなった時期を一言でまとめると

学生帽がなくなっていった流れを、できるだけ正確にまとめると次のようになります。

学生帽の衰退時期の目安

  • 明治〜戦後しばらく:学ランと並ぶ男子学生の定番
  • 1960年代後半:着帽の見直しが始まる
  • 1970年代:自由化の流れの中で大きく減少
  • 1980年代:日常着としてはかなり少数派になる

このように、学生帽はある年を境に一斉に消えたのではなく、1960年代後半から1970年代にかけて衰退が進み、1980年代には全国的にかなり珍しい存在になったと見るのが自然です。

まとめ

学ランの学生帽は、かつて男子学生の象徴ともいえる存在でした。

戦後もしばらくは広く着用されていましたが、社会全体の帽子離れや学校での自由化の流れを受けて、少しずつ姿を消していきます。

特に大きな転換点となったのは1960年代後半から1970年代にかけてで、1980年代には日常的に学生帽をかぶる生徒はかなり少なくなっていたとみられます。

ただし、学校差や地域差は大きく、完全に一斉になくなったわけではありません。

現在では学ランだけが残り、学生帽は「昔の学生スタイル」として語られることが多くなりました。

それは、制服文化の変化だけでなく、日本社会全体の生活様式や価値観の変化を映したものでもあるのです。

以上、学ランの学生帽はいつごろから無くなっていったのかについてでした。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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